名古屋地方裁判所 昭和53年(ワ)3007号 判決 1991年5月31日
原告
加藤義秋
同
塚本敏
同
加藤日出夫
同
早瀬真
同
吉野修身
同
横江功
同
山森徹
同
堀切和彦
同
加藤良平
同
大野多喜二
同
則竹鉄男
同
秋重泉
同
石原捨次
同
浅井潔
同
青野崇史
同
小黒肇
同
埴原長興
同
山本隅男
同
佐野敏雄
同
太田進
同
高木常吉
右原告ら訴訟代理人弁護士
伊神喜弘
同
稲垣清
同
今井重男
同
今井安榮
同
山本秀師
被告
学校法人名古屋学院
右代表者理事長
成田薫
右訴訟代理人弁護士
冨島照男
同
成田薫
同
木村豊
右訴訟復代理人弁護士
小島隆治
同
安井信久
同
中山信義
同
宮澤俊夫
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 原告らと被告との間において、昭和四二年三月三一日改正にかかる学校法人名古屋学院年金規程が現に効力を有することを確認する。
2 原告山森徹を除くその余の原告らと被告との間において、同原告らが被告に対し前項の年金規程に基づき年金を受給し得る地位にあることを確認する。
3 被告は、原告山森徹に対し、
(一) 金六六四万八三二〇円及びうち金一六六万二〇八〇円に対する昭和六二年四月一日から、うち金一六六万二〇八〇円に対する昭和六三年四月一日から、うち金一六六万二〇八〇円に対する平成元年四月一日から、うち金一六六万二〇八〇円に対する平成二年四月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 平成三年から平成二四年に至るまで、毎年三月末日限り、金二〇七万七六〇〇円ずつの金員を支払え。
4 3項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 被告における年金制度の歴史
(一) 被告は、明治二〇年にプロテスタント系外国人宣教師によって設立された愛知英和学校を起源とし、名古屋英和学校、名古屋中学校を経て、戦後の学制改革に伴い、中学校及び新制高等学校を設置する学校法人名古屋学院となり、昭和三九年にいったん大学をも併設したが、昭和四八年に分離して中学校高等学校のみを設置することとなり現在に至っている(以下名称のいかんを問わず「被告学院」という。)。
(二) 被告学院においては、昭和八年ないし一〇年ころ、同窓会名古屋支部総会において同窓生からなされた「若い優秀な人材を集めるため独自の恩給制度を作る必要がある」との提案に基づき、独自の恩給制度が発足したが、昭和一二年当時の財団法人名古屋中学校恩給財団規約草案からうかがわれる発足当時の右制度においては、被告学院の経理とは分離された恩給支弁のための恩給基金が観念されており、恩給基金には、寄付金及び被告学院からの拠出金のほかに教職員も毎月俸給から一定額を拠出し、恩給基金からの恩給支給が不能のときは被告学院の経常費から支出することとされていた。
(三) 昭和三一年九月一日、名古屋学院職員組合(以下「職員組合」という。)が結成され、昭和三二年に被告学院との間で労働協約を締結したが、右労働協約中に恩給制度に関する条項が盛り込まれ、恩給の管理運営を所管する、労使で構成された運営協議会が設置され、運営協議会の議決は満場一致によることとされた。
(四)(1) 被告学院は昭和三四年五月二六日に就業規則を制定したが、その四七条二号において、既に存在した学校法人名古屋学院恩給基金規約を取り込み、教職員が退職又は死亡した場合は、右規約の定めるところにより一時金又は年金を支給する旨定めた。また、右就業規則六九条ないし七二条によれば、運営協議会で恩給に関する事項を協議する場合、職員組合から選出された五名の者が職員を代表することとされた。その後、運営協議会において年金や退職金の問題が協議される中で、専門的な委員会として、被告学院代表者及び職員代表者の双方によって構成される委員会が発足し、次第に年金についての管理運営に携わるようになっていった。
(2) 右恩給基金規約は、昭和四〇年三月三一日に改正されて学校法人名古屋学院恩給基金給与規約(以下「旧規約」という。)となり、次いで昭和四二年三月三一日に改正されて学校法人名古屋学院年金規程(以下「本件年金規程」という。)となったが、旧規約と本件年金規程との主たる相違点は以下の三点である。
イ 適用対象者の拡大
いずれも被告学院専任職員を対象とする旨規定するが、本件年金規程により、教員及び事務職員のみならず業用務員も対象者に含むこととした。
ロ 年金資金への拠出積立金額の変更
専任職員の拠出金を毎月の俸給(基本給及び調整給)の一〇〇分の二から一〇〇分の一へと減額するとともに、被告学院の拠出金も専任職員のなす拠出金の三倍(毎月の俸給の一〇〇分の六)以上から同額(専任職員の毎月の俸給の一〇〇分の一)へと減額された。
ハ 年金規程の改廃権者の変更
前記運営協議会の専門委員会を発展的に改組して年金・退職金管理運営委員会(以下「年退委」という。)と名付けるとともに、旧規約においては「本規約の疑義・解消・変更等に関しては、本学院理事会に於て解決すべきものとする。」と定められていたものを、本件年金規程において、「本規程の疑義・解消・変更等に関しては、年金・退職金管理運営委員会に於て解決すべきものとする。」と改正し、本件年金規程の改廃権を、被告学院理事会から労使の代表によって構成される年退委に変更した。
(3) 本件年金規程の詳細は別紙「学校法人名古屋学院年金規程(昭和四二年三月三一日改正)」記載のとおりであり、同規程によれば、年金資金への拠出金積み立ての義務を履行した専任職員で、満二〇年以上勤務した年齢満五五歳以上に達して退職した者は、退職の翌月から勤務期間と同期間にわたって退職時の俸給年額の三分の一の金額の支給を受けることができ、満二〇年以上勤務したが、年齢満五五歳に満たずして退職した者は、満五五歳に達するまでは右年金年額の一〇分の八の金額の支給を受けることができる。さらに、勤務期間が二〇年を超える者には、二〇年を限度として一か年を加えるごとに、退職時の俸給年額の一〇〇分の1.5を加給するものとされている。
2 被告学院における年金制度の特徴及び法的性格
(一) 被告学院の年金制度の沿革は昭和八年ないし昭和一〇年ころにさかのぼるものであるが、昭和四〇年改正の旧規約以前の運営においても、支払原資は被告学院及び職員の共同の拠出金により形成されていた。職員の拠出金は、労働の対価たる賃金として職員自身に既に帰属した金銭の支払であって、賃金と厳密に区別されなければならず、この拠出金の支払継続の対価である年金の支払は、労働の対価としての後払い賃金である退職金とは性格を異にする。
また、年金資金は被告学院の学校会計とは原則的に分離された独立採算の特別会計として構想されており、使用者が一方的に制定し得る就業規則とは本質的になじまないものである。歴史的にみても、年金制度は被告学院の就業規則制定以前から存在し、同規則によって創設されたものではない。
したがって、年金制度の管理運営の主体を被告学院理事会のみとするのは適当ではないと意識されるようになり、実態に適合する管理運営主体として運営協議会若しくはその専門委員会が形成され、最終的に本件年金規程により労使の代表者によって構成される年退委が被告学院年金制度の管理運営主体とされるに至ったのである。そして、年退委の運営は、議事とされるすべての問題について委員の全員一致制を確立した慣行としてきた。
(二)(1) 右年金制度の特徴に鑑み、本件年金規程による年金受給権は、単なる労働契約中の労働条件にとどまらず、有償、双務関係にある独立の年金契約に基づくものと解すべきであり、個々の職員の同意なくして一方的に廃止変更することはできない。なお、右年金契約の法的性格は、終身定期金契約、信託契約ないし両契約の混合的性格を有する無名契約である。
(2) 仮に年金契約に基づくものではないとしても、本件年金規程は、労使間の団体交渉の結果成立した合意であり、就業規則の細則としての性格を有するとともに、労働協約としての性格をも有すると解すべきであり、被告学院が一方的に廃止変更することはできない。
3 原告らの年金受給権
(一) 原告らは、別紙原告一覧表採用年月日欄記載の年月日に、同表職務内容欄記載の職員として被告学院に雇用され、同時に被告学院との間で前項(二)(1)記載の年金契約を締結した。仮にそうでないとしても、労働協約としての性格をも有する就業規則の細則たる本件年金規程に基づき、労働条件の一部としての年金を受給し得る地位を取得した。
(二) しかるに、被告学院理事長職務代行者成田薫(以下「成田代行理事長」という。)は、原告らに対し、昭和五三年七月二六日付け「学院年金・退職金制度に関する理事会決議について(通知)」と題する文書をもって、本件年金規程に基づく年金制度を昭和五二年三月にさかのぼって廃止する旨通告し、原告らが本件年金規程に基づき年金を受給する権利を失ったとして同年四月分以降の積立金(毎月の俸給の一〇〇分の一)の受領を拒絶した。そこで、原告らは以後右積立金を供託している。
4 原告山森徹の具体的年金受給権
(一) 原告山森徹(以下「原告山森」という。)は昭和六一年三月末日に被告学院を退職したが、勤務年数は二五年、退職時の年齢は満五一歳(昭和一〇年一月二一日生)であり、退職時の基本給は月額金四二万四〇〇〇円であった。
(二) 本件年金規程によれば、原告山森が受給すべき具体的年金額は以下のとおりである。
(1) 満五五歳に達するまでの四年間の年金年額
(2)の金額207万7600円×0.8で166万2080円
(2) 満五六歳から満七七歳までの二一年間の年金年額
年金本額 基本給年額(四二万四〇〇〇円×一二)の三分の一で一六九万六〇〇〇円
加給分 基本給年額×0.015×(二五年―二〇年)で38万1600円
右合計額 二〇七万七六〇〇円
5 よって、原告らは、被告学院との間において、本件年金規程が現に効力を有することの確認を求めるとともに、主位的に年金契約に基づき、予備的に労働契約に基づき、原告山森を除くその余の原告らは本件年金規程に基づき年金を受給し得る地位にあることの確認を求め、原告山森は昭和六一年四月から平成二年三月までの四年間の年金額合計金六六四万八三二〇円及び各年の年金額金一六六万二〇八〇円ずつに対する各年の最終支払期日の翌日である昭和六二年から平成二年までの各年の四月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに平成三年から平成二四年に至るまで毎年三月末日限り金二〇七万七六〇〇円ずつの年金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否
1(一) 請求の原因1(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は知らない。
(三) 同(三)の事実のうち、昭和三一年九月一日に職員組合が結成されたことは認め、その余は否認する。
(四)(1) 同(四)(1)の事実のうち、被告学院が昭和三四年五月二六日に就業規則を制定したこと及び四七条二号及び六九条ないし七二条に原告主張の文言の規定があることは認め、その余は否認する。
(2) 同(四)(2)の事実のうちイ及びロは認める。なお、職員拠出金及び被告学院拠出金が俸給の一〇〇分の一ずつになったのは、当時新設されて被告学院も加入することになった愛知県私学退職金財団への新たな拠出負担をどうするかが問題になり、従前被告学院が年金のための積立拠出金として支出してきた一〇〇分の六の範囲内で処理することとし、これを年金拠出分一〇〇分の一、新財団への拠出分一〇〇分の五と振り分けたというもので特別の意味はない。
ハのうち旧規約及び本件年金規程に原告主張の文言の定めがあることは認め、改廃権が被告学院理事会から年退委に変更されたとの主張は争う。本件年金規程の右条項は、規程自体の改廃権を定めたものではなく、年金規程に解釈上の疑義が生じた場合の疑義を解消したり、運用上の不都合が生まれ、規程変更の必要が生じた場合にどの機関が対応してこれを解決していくかを定めたものにすぎず、旧規約では当然に理事会にあることを確認していたものを、制度運用の民主化と年金運用上技術的な問題への対応が求められることなどを理由として、これらの解決を年退委に委ねることとしたものにすぎない。
(3) 同(四)(3)の事実は認める。
2(一) 請求の原因2(一)及び(二)(1)の主張は争う。本件年金規程によれば、職員と被告学院との拠出金額は同額とされており、管理運営は労使双方がかかわるものであるが、年金資金から支給不能の場合は被告学院が無限定な責任を負うものとされており、本来的な独立採算制とはいえないものであり、右年金制度は学校会計上の消費収支及び帰属収支に直接的な影響を与えるものである。したがって、最終的には使用者の責任と権限に基づいてその制度の維持改善及び改廃を行い得る就業規則上の制度と解すべきであり、本件年金規程に基づく年金受給権は、労働条件の一つとしての就業規則上の利益にすぎない。
(二) 同2(二)(2)の主張は争う。本件年金規程は、就業規則の細則たる恩給基金給与規約を職員組合の意見を参考にして改正したにすぎず、労働協約としての法的要件を具備していない。
3(一) 請求の原因3(一)のうち、原告らが、別紙原告一覧表採用年月日欄記載の年月日に、同表職務内容欄記載の職員として被告学院に雇用されたこと、就業規則の細則たる本件年金規程に基づき、労働条件の一部として年金受給権を取得したことは認め、その余は否認する。
(二) 同(二)の事実は認める。
4(一) 請求の原因4(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の主張は争う。
三 抗弁(予備的請求に対し)
1 本件年金規程を含む就業規則等の改廃
被告学院就業規則四七条二号及びその細則たる本件年金規程(以下合わせて「就業規則等」という。)は、昭和五三年七月一七日及び同年九月一九日開催の被告学院理事会において、以下の内容の改廃決議がなされ、過半数(専任教職員一〇六名中五九名)を組織する職員組合の同意を得て、同年九月二八日名古屋北労働基準監督署にその旨の届け出がなされた。
(一) 昭和五二年三月三一日をもって年金一時金を算出し、これを凍結する。
(二) 凍結額の支払方法については、改定前の退職金支給乗率による退職金額と年金一時金凍結額との合計額又は改定退職金支給乗率による退職金額のいずれか一方を退職者の選択により支給する。
(三) 改定退職金支給乗率による退職金を選択した場合には、拠出金相当額を退職時に返還する。
2 就業規則等改廃の必要性
(一) 被告学院財政の危機的状況
(1) 被告学院は、昭和四〇年代に入り、大学を設置するなどの積極経営が災いし、五〇数億円にも及ぶ巨額の債務を負い、建設業者から校地校舎の競売申立てを受けるなど財務経営両面において危機的状況に陥り、昭和四六年には債務処理に関する考え方の相違から、理事会及び職員組合内部に路線対立が生じて紛争状態となった。昭和四七年二月、名古屋地方裁判所において被告学院の理事一一名中理事長を含む六名の職務執行停止、代行者専任の仮処分決定がなされ、右代行者を含む理事会の下、学校法人を大学と中高等学校に分離してそれぞれの引継ぎ債務額を定めることとなり、昭和四八年四月、被告学院は中高等学校のみを設置する学校法人として再出発し、校地の約三分の一を売却して約二〇億円の債務を弁済した。なお、前記路線対立の結果、昭和四七年六月に職員組合から一部の者が脱退し、名古屋学院教職員組合協議会(以下「協議会」という。)を結成した。
(2) 被告学院の財政状況は、昭和四八年度から同五二年度までの五年間を通じて消費支出超過状態が続き、その額は、昭和四八年度には約金九八〇〇万円、同四九年度には約金一億五五〇〇万円、同五〇年度には約金一億五一〇〇万円、同五一年度には約金一億八〇〇〇万円、同五二年度には約金五二〇〇万円であり、五年間の累積赤字額だけで約金六億三六〇〇万円に上った。右赤字の主たる要因は、人件費率が異常に高いところにあり、昭和五〇年度、同五一年度の人件費率は一一〇パーセントにも達していた。
(3) 右のような財政状況改善のため、被告学院理事会は、一方で生徒学納金について、昭和五〇年度以降他私学の動向を見ながら、生徒募集や補助金に悪影響の出ない範囲で漸次増額し、一〇年間で約六割の値上げを行い、愛知県当局に補助金増額の働きかけをし、さらには、昭和五三年度以降校地の一部を温水プールとして活用するなど収益事業をも行うなどして収入の増加を図り、他方で昭和五一年九月には財政五か年計画を職員組合及び協議会に提示して両組合の協力を求め、期末手当ベースアップ率を漸減すべく両組合と交渉するとともに、昭和五〇年度以降事務職員を一九名減員するなどして人件費の軽減に努めた。
(二) 年金制度の構造と収支状況
(1) 就業規則等に基づく被告学院の年金制度(以下「本件年金制度」という。)は、職員の拠出金と被告学院拠出金の積立金を資産として独立採算性がとられているかのごとくであるが、職員の拠出金は俸給の一パーセントであり、昭和五〇年当時で年間約金二四〇万円にすぎず、これと同額の被告学院からの拠出金を原資として、当時六名の受給者へ給付する額だけでも年間五三五万円に及んでいたのであり、年金資金はいずれ破綻し、最終的にはその負担を被告学院の経常収支の中で処理せざるをえないものであった。
(2) 被告学院の年金資金の収支状況は、単年度で、昭和五〇年三月末は約金一一四万円の赤字、同五一年三月末は約金六一八万円の赤字であったが、同五二年三月末には大量の退職者を出し、年金受給者が一挙に十数名に増加したため、約金四五九万円の赤字となり、同年度内でその支払を処理できず、約金二四八三万円の未払金を計上し、年金資金は完全に破綻した。
被告学院が昭和五二年二月一〇日に同年度以降も本件年金制度を維持した場合の被告学院の負担予測を行ったところ、被告学院の負担現価累計は、一〇年後の昭和六一年で約金一億二五〇〇万円、二〇年後で約金六億六〇〇〇万円、三〇年後で約金八億五〇〇〇万円にも達することが予測された。
昭和五二年度以降一〇年間の現実の退職状況を踏まえて再計算してみても、この間の退職者累計は三〇名に達し、赤字累計は昭和六一年度で金二億二二〇〇万円に及び、同年度の被告学院経常収支に占める年金負担額は金四三六〇万円にも上ることになる。
(3) 被告学院は、昭和五〇年一一月に、仮に本件年金制度を維持するとして、その健全化を図るために今後誰がどの程度の負担をする必要があるのかにつき専門家の診断を求めることとし、同年一二月三日中央信託銀行からその計算結果報告書を得た。右診断は、企業年金制度の健全な運営という観点からは社外積立方式をとることが優れていることを前提に、適格年金制度の年金数理に従い計算した結果、現行給付内容を変えないで本件年金制度を維持する場合、職員負担分を俸給の4.7パーセント、被告学院負担分を同額としたうえ年金基金の健全な運営のためには過去勤務債務分を償却する必要があり、これを一〇年で償却するとして、被告学院は毎月右4.7パーセントの負担分に加えて職員の俸給総額の24.8パーセントを積み立てなければならず、金額にして毎月総計金九一六八万円の積立が必要となることが明らかになった。
3 就業規則等改廃内容の合理性
(一) 私学共済年金制度及び愛知県私学退職金基金制度との重複加入による不合理
被告学院及び原告ら職員は、従前から本件年金制度以外に私学共済年金制度にも加入していたうえ、昭和四一年には愛知県私学退職金基金制度が確立し、被告学院もこれに加入した。その際、被告学院は、従来本件年金制度へ拠出していた俸給の六パーセントに相当する金員のうち、六分の五を新規加入分として私学退職金基金制度への拠出金に振り替え、残り六分の一を本件年金制度に拠出することにしたため、原告ら職員は、これまでの二重の年金制度に加え、退職金制度にも加入することになり、従来本件年金制度に拠出していた俸給の二パーセントが一パーセントに軽減されたうえ、他私学の教職員が受給する利益のほぼ倍額の給付を受け得ることとなった。
(二) 本件年金制度改廃案の合理性
(1) 本件年金制度の改廃の方法について、当初理事会は、職員が現実に拠出した金額に貨幣価値の変動等を考慮して一定倍率を乗じた金額を返還する拠出金返還型を提案したが、右案については学内に反対意見が強かったため、これを撤回して凍結退職時返還型を提案した。右凍結案は、年金制度をさかのぼって解消するのではなく、本件年金制度の下で、廃止基準日に全加入者が一旦全員退職したと仮定して、本件年金規程五条二項(勤続期間満一年以上二〇年未満で年金受給権発生前に退職したときに、月俸の百分の六〇ないし九〇に勤続年数を乗じた一時金の支給をすることを定めた条項)に従って一時金の額を算出し、これを退職時に支払うというものである。また、勤続二〇年以上の年金受給権者については、本件年金規程五条六項に規定する年金受給者が将来の年金請求権を放棄することを条件に請求することができる一時金額(五年分の年金額)と同額を退職時に支払う特例を用意した。
(2) 理事会は、本件年金制度の改廃と同時に、退職制度の見直しをも行い、六〇歳定年制を導入し、退職金規程から男子職員で五七歳ないし六五歳までの間に退職した者に倍額の退職金を支給する旨の規定を削除するとともに、その代替措置として、退職金支給乗率を退職者に有利に改定し、いずれも普通退職で、勤続二五年の場合は26.92から三五へ、勤続三五年の場合は36.92から六〇へ、勤続四〇年の場合は41.92から六五へと大幅に引き上げた。右退職金規程の改定は、本件年金制度の改廃に伴う職員の不利益を補完する趣旨をも含むものであり、職員は、前項記載の凍結一時金と改定前乗率による退職金との合計額と改定後乗率による退職金額のいずれか多い方を選択できることとした。
さらに、六〇歳定年制を採用したことに関連して、「非常勤職員に再雇用することができ、満六七歳に達した年度末まで更新することができる」との規程を新設し、退職後の保障に強い配慮をしている。
4 改廃手続の相当性
本件年金制度改廃については、被告学院理事会が昭和五〇年一二月に全学的に問題を提起して以来、二年数か月にわたって、理事側職員側それぞれを代表する委員六名によって構成される年退委において、一〇回にも上る検討を重ねたほか、職員組合とは一四回、協議会とは六回の団体交渉を行い、職員会議や年金問題に関する懇談会において職員に対する説明や意見交換の機会をもち、昭和五一年六月二四日付け、同五二年一月一七日付け、同年二月一〇日付けの三回にわたって学内広報誌に年金問題に関する一切の資料を公開して問題点を明らかにし、さらには理事会決議以前に、昭和五二年七月七日及び同年一二月七日の二回にわたり、全学に最終理事会案を提示して同意不同意を問う記名式調査を実施する(ただし、昭和五二年一二月の調査は、同年七月の調査で同意の回答をしなかった職員のみを対象とした)などの万全の手続を経た結果、昭和五三年二月一七日の年退委の最終討議においては、六名の委員中反対は一名にすぎず、全職員を対象とした調査では、最終的に一〇八名中七九名の賛成を得、多数を組織する職員組合との間では合意に達したので、理事会は昭和五三年七月一七日、就業規則等(本件年金制度)改廃の決議を行ったものであり、手続的な瑕疵も存在しない。
5 職務代行理事の職務権限
(一) 前記のとおり、就業規則等改廃決議時の理事会を構成する理事一一人のうち過半数を占める六人は、名古屋地方裁判所において、昭和四七年二月二二日の職務執行停止、代行者選任の仮処分決定に基づき、職務代行者として、同年三月二日及び同五〇年四月一日にそれぞれ三名ずつ専任されたものであった。
(二) 商法二七一条一項は、株式会社の取締役の職務代行者の権限を会社の常務に属する行為に限定しているが、右条項は株式会社の場合に特に定められた規定であって、私立学校法に準用する旨の規定がない以上、被告学院のような私立学校法人には準用されないと解すべきである。これを実質的にみても、株式会社の取締役の専任決議をめぐる紛争については、取締役の任期が二年以内であり、株主総会において適法に新たな取締役が専任されることにより、事実上会社の業務執行が正常化されるから、商法二七〇条の職務代行者が職務を行うのは通常二年を超えず、暫定的な性格が強い。これに対して、私立学校法人の理事は法律上任期の定めがなく、選任方法も評議員会での選任や理事会での選任など多岐にわたるため、選任の瑕疵が治癒され、適法な理事会構成がなされるまでには長期間を要する。したがって、学校法人の理事の職務代行者は、その職務の執行を停止された理事に代わってこれに等しい職務権限を与えられ、理事としての職務を遂行することが求められるのである。
(三) 仮に私立学校法人の理事の職務代行者につき商法二七一条一項が準用されるとしても、学校法人においては、入学事務及び日常的教育活動の指揮、実行はすべて校長を筆頭とする事務局が行っており、理事の職務は専ら財政や人事を含む職員の労働条件の在り方など学校経営全般についての検討及び意思決定にあるから、本件年金制度の改廃は、定年制、退職金規定の改正とともに健全財政の確立上不可欠の、理事の常務に属する行為である。
(四) 仮に本件年金制度の改廃が私立学校法人の理事の常務に属さないとしても、昭和五四年六月、昭和四七年二月二二日決定の仮処分の本案事件につき和解が成立し、同年八月一日名古屋地方裁判所により職務代行者の選任が取り消されるとともに、被告学院の寄附行為に基づき新理事が専任され、新理事会が発足したのちである平成二年七月一七日の理事会において、理事一二名全員で就業規則等の改廃を追認した。
四 抗弁に対する認否及び原告の主張
1 抗弁1の事実は認める。
2(一)(1) 抗弁2(一)(1)の事実は認める。
(2) 同(2)第一文のうち、昭和四八年度から同五二年度までの被告学院の消費収支計算書中、当年度消費支出超過額欄に被告主張の金額の記載があることは認め、五年間の累積赤字額だけで約六億三六〇〇万円に上ったことは否認する。昭和五二年度末における翌年度繰越消費支出超過額すなわち累積赤字額は五五三五万八七一五円にすぎない。第二文のうち、被告学院の人件費率が高かったことは認めるが、その主たる原因は、大学分離に伴い大学との協定により大学が引き取るべき職員が被告学院に残っており、職員が四〇名に及んでいたという一時的な要因によるものである。
被告学院は消費収支につき赤字が続いていたことを根拠として財政状態が危機的だったと主張するが、資産状態からみれば財政状態が危機的だったことはない。すなわち、学校会計の場合、消費収入は帰属収入から基本金繰入額を控除した数字であるところ、被告学院の基本金は次第に増えていた。また、一般に資金繰りの良否は流動資産と流動負債の比率で判定されるが、被告学院は、昭和五〇年度から同五二年度にかけて常に流動資産が流動負債を上回っており、しかも、学校債引当特定預金、有価証券、金銭信託といった「その他固定資産」が次第に増えていたのであるから、被告学院の資金状況は極めて潤沢であった。
(3) 同(3)のうち、被告学院が財政五か年計画を職員組合及び協議会に提示したことは認める。なお、右財政五か年計画には年金制度の改正は含まれていなかった。
(二)(1) 抗弁2(二)(1)のうち、昭和四二年以降職員の拠出金率が俸給の一パーセントであり、昭和五〇年当時の職員拠出金額が約二四〇万円、年金給付金支出額が約五三五万円であったことは認め、その余の主張は争う。昭和五〇年度の年金基金収支計算書によれば、同年度の収入は、職員及び被告学院の拠出金が各二四二万七四九〇円、貸付金利息二一万九六〇〇円、預金利息二三四万五九三七円の合計七四二万〇五一七円であり、基本金は三八二〇万五二八八円であった。
(2) 同(2)の事実は否認する。昭和五〇年三月末の一一四万円及び同五一年三月末の六一八万円は、いずれも翌年度繰越消費支出額であり、昭和五二年三月末の四五九七万円は昭和五一年度の消費収支差額である。昭和五一年度の支出は、大量の退職者が出たうえ一時金を選択したためであり、年金基金にとってはむしろ将来の負担が著しく軽減されたことを意味する。
被告学院は一〇年後、二〇年後、三〇年後の負担予測を行ったと主張するが、予測表で予測しうるのは五年間程度であり、それ以上先の予測値は意味がない。
また、被告学院は現実の退職状況を踏まえて再計算をしたと主張するが、一時金選択者もすべて年金受給権者として計算しており、信用性に欠ける。
(3) 同(3)のうち、昭和五〇年一二月三日付けで中央信託銀行から計算結果報告書が提出されたこと、右結果報告書(以下「中信計算結果」という。)に本件年金規程に基づく給付を前提として適格年金制度の年金数理に従い計算すると、職員負担分を俸給の4.7パーセント、被告学院負担分を同額としたうえ、過去勤務債務額を一〇年で償却するとして、被告学院は右4.7パーセントの負担分に加えて職員の俸給総額の24.8パーセントを積み立てなければならない旨の記載があることは認めるが、中信計算結果が本件年金制度の診断であることは否認する。
中信計算結果は、被告学院年金及び退職金を一〇〇パーセント学外の信託銀行に積み立てる場合の、適格年金数理に基づく掛け金を算出したものであり、その際採用されている年金数理は完全積立方式であるから、資金負担が極端に大きくなるのは当然のことといわなければならない。しかしながら、被告学院は、そもそも退職金については年金化することを予定していなかったうえ、本件年金制度の資金関係は、給付が発生するために支払う責任準備金を職員及び被告学院が拠出し、責任準備金が足りなくなった場合には被告学院が負担するというものであり、完全積立方式と異なる方式(一種の賦課方式)を採用していたのであるから、中信計算結果は本件年金制度の診断とはいえない。また、本件年金制度のような賦課方式においては、過去勤務債務の償却を考える必要はないし、仮に過去勤務債務の償却を考えるとしても、毎年の利息相当額のみを償却する永久償却方式も考え得るのであって、償却率を年一〇パーセントにしなければならない道理はない。
3(一) 抗弁3(一)のうち、被告学院及び原告ら職員が従前から本件年金制度以外に私学共済年金制度にも加入していたこと、昭和四一年に愛知県私学学校退職金財団が設立され、被告学院が右財団に加入するため、学内年金資金に拠出していた職員の俸給の五パーセント分を財団の拠出金に当てることとし、学内年金資金への拠出金は教職員とともに一パーセントにすることにしたことは認め、重複加入により他私学の教職員が受給する利益のほぼ倍額の給付を受け得ることとなったとの主張は争う。企業年金により公的年金制度を補完するのは、労働者の老後保障の措置として常識化しているところであり、両制度から年金の支給を受けたとしても、なんら不当な利益を得るものではない。
(二)(1) 同(二)(1)の事実は認め、本件年金制度改廃案が合理的であるとの主張は争う。
(2) 同(二)(2)前段の事実は認め、後段の事実は知らない。従来倍額規定の適用を受ける可能性のあった勤続年数三五年以上の永年勤続者について新旧退職金支給乗率を比較してみると、以下のとおり支給条件が実質的に不利益変更されており、本件年金制度廃止の代償措置になり得るものではない。
勤続年数 新乗率 旧乗率(倍額規定による場合)
三五年 60.0 36.92(73.84)
三六年 61.0 37.92(75.84)
三七年 62.0 38.92(77.84)
三八年 63.0 39.92(79.84)
三九年 64.0 40.92(81.84)
四〇年 65.0 41.92(83.84)
勤続三四年以下で六〇歳の定年を迎えるものについては、退職金支給乗率が有利に変更されたものといえるが、定年制導入に対する代償的意味があるにとどまり、それを超えて本件年金制度改廃の代償措置となるものではない。
4 抗弁4のうち、年退委が理事側職員側それぞれを代表する委員六名によって構成されていること、昭和五二年七月七日及び同年一二月七日に同意不同意を問う記名式調査が実施されたことは認め、その余の事実は否認し、万全の手続を経ており、手続的な瑕疵が存在しないとの主張は争う。
本件年金制度廃止に至るまでには以下の事情があり、その手続は違法不当といわなければならない。
(一) 前記のとおり中信計算結果は本件年金制度の診断とはいえないものであるにもかかわらず、被告学院理事会は、一方で中信計算結果自体を職員に公表せず、他方で本件年金制度を現行のまま維持するためには、中信計算結果のいうとおり過去勤務債務を償却し、その償却のための掛け金を負担しなければならないとの前提で、本件年金制度廃止キャンペーンを張り、「現行制度を維持していくためには、経常費より年間にして九〇〇〇万円に近い負担増を覚悟せねばならず、これは本学院の財政状況から見て対処することが難しい数字である。」(昭和五一年六月二四日付け被告学院広報)、「此の一年間に基金の債務額はおよそ五七〇〇万円も増大していることが判明しました。もし、このまま推移すれば過去勤務債務額は容赦なく増大し、基金の破綻はもとより、学院財政を大きく圧迫する事態に陥るであろうことは、容易に想定されるところであります。」(昭和五二年一月一七日付け被告学院広報)、「(過去勤務債務が償却されなければ)『五〇・一一・一以降の新しい拠出金負担者が退職する場合、この人達への支払いが将来不可能となる。』ということです。」(昭和五二年二月一八日付け被告学院広報)などと誤った情報を提供し、学内の危機感をあおって冷静な議論を封じた。
(二)(1) 昭和五一年二月一六日開催の年退委において、職員側代表委員の一人である原告山森は、本件年金制度につき現状維持できないという論拠には疑義があるとして、被告学院事務局に対し、イ 昭和五〇年度以降二〇年間に見る人件費の年間支出における年金支出額の割合、ロ 過去勤務債務額の会計帳簿上の処理方法、ハ 本件年金規程三条三項但書で「万一年金資金で支給不能の場合は本学院にて責任を負うものとする」と規定していることとのかかわりについて明らかにするよう求め、同年三月八日開催の年退委において、右イにつき、「現状維持方式による昭和五一年度以降三〇年間に見る掛金収入および年金支払い額予測」と題する表が提出されたが、同日は事務局担当者の説明を聞くに止まり、実質的な検討は次回以降に行うことになった。しかるに、年退委委員長であり、年退委の招集権者であった成田代行理事長は、昭和五一年三月以降年退委を招集して本件年金制度の討議をさせようとせず、前項記載のとおり同年六月二四日付け被告学院広報などで本件年金制度廃止キャンペーンを行った。
(2) 昭和五一年一二月二一日に九か月ぶりに開催された年退委で、成田代行理事長は、昭和五二年三月末日をもって年金を廃止し、爾後の処理は拠出金返還型をとるとの案を検討するよう申し出た。原告山森は、同日の年退委において、安易に廃止の結論を出すことには承服できないと反対するとともに、年退委に対し、昭和五二年二月七日付けで「年金制度廃止の問題について」と題する文書で提言を行った(以下「山森提言」という。)。右提言は、年金廃止論の持つ根本的な誤りとして、本件年金制度の廃止に当たっては、拠出金者の同意を必要とし、理事会に改廃権がないにもかかわらず、理事会に改廃権があるかのように進められていること、廃止論の論旨の中心は、今いる人が一斉に辞めた場合に幾らいるかと仮定した過去勤務債務額なる数字を基にし、それが莫大なものになるという点にあることを指摘したうえ、イ現行維持・掛け金引上げ型、ロ 掛け金引上げ給付期間短縮型、ハ 解散凍結・継続加入者自由選択型、ニ 一億六二〇〇万円拠出・掛け金引上げ型の四案を試案として提出したものである。同月二五日開催の年退委において、原告山森は、被告学院が年金資金にどの程度まで補填できるか明示することが先決であるとして、緊急財務委員会の開催を要請したところ、同月二八日に右緊急財務委員会を設定することが了承されるとともに、山森提言が検討され、前記ハ案(解散凍結・継続加入者自由選択型)について、各委員は、各層の意向を尊重するという点で民主的であり、年金問題の解決に当たって好ましい一つの方法であるという点で意見の一致をみ、次回理事会においても検討してもらうことになった。しかるに、山森提言(ハ案)は理事会において検討されず、緊急財務委員会も開催されていない同年三月一四日の理事会において、昭和五二年三月末日をもって本件年金制度を廃止すること、退職金引上げと凍結退職金返還案を両組合に提示することが決定され、成田代行理事長は、同月一七日に職員組合及び協議会にその旨通告したうえ、同年四月一一日付けで職員の年金拠出金を特別預り金扱いとした。
(3) 年退委は昭和五二年五月を最後に昭和五三年二月まで開催されなかったうえ、同月一七日開催の年退委において、原告山森が「本件年金制度は戦前から幾度かの財政危機をも乗り越えて守り育てられてきたものであり、安易な廃止論には承服できないし、検討の余地はまだあると思うから、理事会で結論を出す前に年退委でもっと検討してほしい」と訴えたにもかかわらず、以後年退委は開かれないまま、同年七月一七日の理事会で本件年金制度の廃止決議がなされた。
以上のとおり、本件年金制度の廃止は年退委の討議を回避し、審議未了のまま行われたものである。
(三) 昭和五一年九月一八日に被告学院と協議会との間で行われた団体交渉において、成田代行理事長は、本件年金制度の廃止は、協議会及び個々の職員の同意を得て行うと言明していたうえ、昭和五二年五月二八日開催の年退委において、本件年金制度の廃止につき職員の同意をとることが決議された。また、同日開催の理事会では、定年制に関して就業規則を改正することとし、従業員代表(両組合委員長)の意見を付して労働基準監督署へ届け出ることが決定されており、従業員代表が両組合委員長であることは理事会内で明確に認識されていた。しかるに、被告学院理事会は、年退委の右決定を歪曲して職員の意向調査にすり替え、不同意者が職員の三分の一にも及んでいるのに、本件年金制度を廃止したうえ、協議会に対しては意見聴取さえ行わず、過半数をわずかに超えるにすぎない職員組合の協力で、秘密裡に就業規則の改正届を労働基準監督署に提出したものであり、右就業規則改廃手続は違法無効といわなければならない。
5(一) 抗弁5(一)の事実は認める。
(二) 同(二)、(三)の主張は争う。
商法二七〇条、二七一条は、株式会社の取締役の職務執行の停止とこれに伴う職務代行者の選任及びその権限について定めたものであるが、右規定は民事訴訟法七六〇条の仮の地位を定める仮処分の一種であり、その要件や手続についても通常の仮処分に関する民事訴訟法の規定が当然かつ全面的に適用されるものであり、ただ職務代行者の権限の範囲等を明確にするため、商法において補充的に規定されたものにすぎない。したがって、民事訴訟法七六〇条によって選任された私立学校法人の理事の職務代行者についても商法二七一条一項が準用され、その権限は常務に属するものに限定されるものと解すべきである。
本件年金制度の改廃は、被告学院の将来の運営方針にかかわる極めて重要な行為であるとともに、被告学院に雇用される全職員にとっても、将来の生活権にかかわるものとして重大な意味をもつものであるから、日常の業務活動の範囲内に属するとはいえず、理事職務代行者が常務として処理することは許されない。
(三) 同(四)の事実は知らない。
仮に平成二年七月一七日開催の理事会において追認がなされたとしても、無効行為は原則として追認によってその効力を回復することはないのであって、当事者がその無効であることを知って追認したときでも、新たな行為をしたものとして始めて有効となるにすぎない。したがって、単に理事会において追加決議をするだけでは足りず、決議に先立って本件年金制度廃止のための慎重かつ適正な手続が履践されなければならないところ、右手続がとられた事実はなく、その旨の主張もないから、被告の主張は失当である。
第三 証拠<省略>
理由
第一請求の原因について
一請求の原因1(被告学院における年金制度の歴史)について
1 請求の原因1(一)の事実については当事者間に争いがない。
2 <証拠>によれば、請求の原因1(二)の事実を認めることができる。
3 請求の原因1(三)の事実のうち、昭和三一年九月一日に職員組合が結成されたことについては当事者間に争いがない。原告は、昭和三二年に職員組合と被告学院との間で、恩給制度及び労使で構成する運営協議会に関する条項を含む労働協約が締結された旨主張するところ、書面に作成し職員組合及び被告学院の双方が署名し又は記名押印した労働協約自体は、いずれの当事者からも書証として提出されていない。<証拠>によれば、タイプ打ちされた労働協約案という標題の小冊子(作成名義は職員組合)が存在し、右労働協約案には原告主張の内容の条項が記載されていること、昭和三一年ころの被告学院交友会誌「敬愛」二号に「今は労働協約案の交換も終り、順次各条項にわたり其の締結の見通しもつき……」という記事が掲載されていることは認められるが、右事実から労働協約案と同内容の労働協約が締結されたとまでは推認することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。
4(一) 請求の原因1(四)(1)の事実のうち、被告学院が昭和三四年五月二六日に就業規則を制定したこと、右就業規則四七条二号に教職員が退職又は死亡した場合は学校法人名古屋学院恩給基金規約の定めるところにより一時金又は年金を支給する旨の、六九条ないし七二条に運営協議会で恩給に関する事項を協議する場合は職員組合から選出された五名の者が職員を代表する旨の定めがあったことについては当事者間に争いがない。<証拠>によれば、右恩給基金規約に相当する規約は就業規則制定前に既に存在したこと、運営協議会は労使間の団体交渉で大枠の一致をみた場合に細部のつめをする役割を担っていたこと、恩給に関する事項については、当初運営協議会で協議していたが、のちに恩給問題を専門に協議する労使で構成された委員会(恩給退職金委員会)が作られ、右委員会で協議するようになったことを認めることができる。
(二) 請求の原因1(四)(2)イ、ロの事実及び同ハのうち旧規約においては「本規約の疑義・解消・変更等に関しては、本学院理事会に於て解決すべきものとする。」と定めていたものを、本件年金規程においては「本規程の疑義・解消・変更等に関しては、年金・退職金管理運営委員会に於て解決すべきものとする。」と改正したことについては当事者間に争いがない。原告は右改正に伴い、規程の改廃権が被告学院理事会から年退委に委譲されたと主張し、原告山森は本件年金規程八条にいう「解消」は規程の廃止を意味するものであるとして右主張に沿う供述をするので、以下右の点について検討する。
<証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 職員組合は旧規約の改正すべき点として、組合員である用務員にも加入資格を与えること、恩給基金が潤沢になり昭和四一年時点において一億円近くになっていたので、職員の俸給に対する拠出積立金割合を引き下げること、受給権発生要件たる勤続期間を二五年から二〇年に引き下げること等を取り上げ、被告学院理事会に対する昭和四〇年六月一〇日付け申入書に「用務員の恩給規定加入を実施すること」「恩給退職金規定を改正すること」という要求事項を掲げていたが、旧規約は職員組合の右要求事項を取り入れて昭和四二年三月三一日に改正され、本件年金規程が成立した。
(2) 右改正により、従来恩給退職金委員会と呼ばれていた機関は、年金・退職金管理運営委員会(年退委)の名称のもとに、本件年金規程上の機関として位置付けられた。本件年金規程上年退委の権限として記載されているのは、「専任職員にして一時退職した後、再び勤務したる時は、年金・退職金管理運営委員会の決議によって以前の勤務期間の一部を年金支給期間に加算することがある。」(四条二項)、「嘱託職員及び講師の年金については、年金・退職金管理運営委員会に於て本規程に準じて決定する。」(四条四項)及び「本規程の疑義・解消・変更等に関しては、年金・退職金管理運営委員会に於て解決すべきものとする。」(八条)の三か所であり、旧規約においてはいずれも被告学院理事会の権限とされていたものを年退委の権限へと変更している。
(3) 昭和四二年ころ愛知県私学退職基金財団が発足したが、被告学院もこれに加盟することになり、これとの関連で従前被告学院が恩給基金に拠出していた職員の俸給の一〇〇分の六のうち一〇〇分の五を右退職基金財団に拠出し、残りの一〇〇分の一を学内年金資金として拠出することになり、職員による年金資金の積立額が俸給の一〇〇分の一と減額されたこととあいまって、職員と被告学院の拠出積立金額が同額になった。被告学院においては、従来年金と退職金を併給する制度はなく、恩給受給者が退職時一時金を必要とするときは五年間分の恩給額を支給する代わりに年金に関する権利は放棄するものとされていた(旧規約六条六項)が、愛知県私学退職基金財団への加盟に伴い、新たに名古屋学院退職金規程(以下「退職金規程」という。)が制定され、昭和四二年三月三一日以降、専任職員が一年以上勤続して退職又は死亡した場合には退職金が支給されるようになった。退職金規程上の年退委の権限等に関する条項には、「本規程の管理及び運営は、理事会が最終権限を有し、実施については、管理運営委員会を設けて業務の処理を行う。」(二条)、「本規程により設けたる管理運営委員会は、当該年度末理事会に事業報告(基金状況)提出して承認を得るものとする。」(四条)、「本規程の改廃は、すべて管理運営委員会の議を経て、理事会の承認を得るものとする。」(八条)、「本規程の適用にあたり疑義を生じたときは、名古屋市関係条例を参考資料として管理運営委員会の議を経て、理事会に於て解決すべきものとする。」(九条)等がある。
(4) 昭和四二年二月八日付け「名古屋学院恩給基金退職金管理運営委員会規則総務局試案」(甲第二六号証)には、「本学院恩給退職金規程実施にあたり、管理運営の処理を行うを目的とする。」(一条)、「本会の業務の権限は、次の通りとする。1 業務処理の方針・決定(基金管理、寄附金受入、恩給退職金決裁、帳簿の整理)、2 年度予算の決定及び年度末決算書作成並理事会報告書、3 規程の改廃変更の立案審議、4 其他(事務監査関係書類整理等)」(五条)なる記載があったが、同年八月二八日付け「名古屋学院年金・退職金基金管理運営委員会規則」(甲第二七号証)には、「本委員会は、本学院年金・退職金規程の管理運営を行うを目的とする。」(一条)、「本委員会は、次の事務を執行する。1 基金管理運用方針の決定、2 年度予算案及び決算報告書の作成、3 その他年金・退職金規程において、本委員会に附議委任されたる事項」(五条)との記載があり、右条項は、そのまま昭和四九年三月六日実施の「名古屋学院年金・退職金基金管理運営委員会規則」(乙第五九号証)に受け継がれている。
なお、年退委の運営に関する規則につき原告山森は、甲第二六号証及び同第二七号証を含め被告学院から様々な案が出されたが、職員組合との間で合意に至らず成文化された規則はない旨供述するが、<証拠>(被告学院年金・退職金基金貸付規程)によれば、昭和四三年一月一七日に年退委が承認した右貸付規程一一条に「本規程による住宅資金貸付については、名古屋学院年金・退職金基金管理運営委員会規則による委員会が管理・運用にあたる。」との条文があるところ、本件年金規程上は「年金・退職金管理運営委員会」と、退職金規程上は単に「管理運営委員会」と呼称されていたにすぎないのであるから、本件年金規程が制定された昭和四二年三月三一日から昭和四三年一月一七日までの間のいずれかの時点において甲第二七号証のとおりの内容の名古屋学院年金・退職金基金管理運営委員会規則が制定され、これに基づく委員会が発足したものであり、同号証の表題及び体裁等に鑑み、右年金・退職金基金管理運営委員会規則が年退委の目的、構成及び権限等に関する規則と認められる。したがって、右認定に反する前記原告山森の供述部分は採用することができない。
以上の認定事実に照らして「本規程の疑義・解消・変更等に関しては、年金・退職金管理運営委員会に於て解決すべきものとする。」との本件年金規程八条の意味するところにつき検討するに、「解消」という文言が規程の廃止を意味するものと解することは困難であり、前記名古屋学院恩給基金退職金管理運営委員会規則総務局試案には、「業務処理の方針・決定」なる文言が用いられており、昭和四二年以前の被告学院事務局においては、本来「の」を用いるべきところに「・」を用いることがあったと考えられることからみて、「本規程の疑義・解消」の部分は「本規程の疑義及び本規程の解消」ではなく「本規程の疑義の解消」を意味するものと解するのが相当である。一方、退職金規程においては規程の改廃と規程の適用に当たり疑義を生じた場合の解決が分けて規定されているのに対し、本件年金規定にはこれに相当する条項は右八条しかないこと、名古屋学院恩給基金退職金管理運営委員会規則総務局試案には、前記のとおり年退委の業務権限の一つとして「規定の改廃変更の立案審議」が含まれていたことからみて、「変更等」の部分は規程の改正廃止を意味するものと解するのが相当である。しかしながら、「変更等」は「本規程の疑義の解消」と並列的に記載されていること、「解決すべきものとする」との文言は退職金規程においては規程の適用に当たり疑義を生じたときに関して用いられていること、本件全証拠によるも、昭和四二年の時点において被告学院理事会及び職員組合が学院内年金制度が将来廃止される可能性があるとの認識の下に交渉をしていたとは認められないことに鑑み、本件年金規程八条が規程の個々の条項に止まらず、本件年金制度自体の廃止権限についてまでも定めたものと解することはできない。
(三) 請求の原因1(四)(3)の事実については当事者間に争いがない。
二本件年金規程による年金受給権の法的性格について
1 原告は、本件年金規程による年金受給権は有償双務関係にある独立の年金契約に基づくものである旨主張するところ、たしかに、本件年金規程による年金制度は、被告学院の経常収支から分離された基金を設け、被告学院及び職員の双方が金員を拠出し積み立てる形式をとっている点において特色があり、通常の退職一時金などとは異なる面があることは否定し得ない。しかしながら<証拠>によれば、被告学院においては退職金についても昭和五〇年度までは被告学院の経常収支から分離された基金を設けていたことを認めることができるのであり、会計処理上独立の特別会計を設けているからといって直ちに独立の年金契約と結び付くものではない。また、支給年金に職員の拠出分が含まれていること、支給条件が明確化されていて功労報償的性格が希薄であることも、本件年金規程に基づく年金受給権の権利性の強さを示すものではあるが、このこともまた、必ずしも独立の年金契約と結びつくものではない。むしろ、先に認定したとおり、本件年金規程に基づく年金は、被告学院に満二〇年以上勤続した者が退職し又は在職中死亡することにより支払われるものであり、また本件年金規程第三条但書によれば、年金資金からの年金支払が不能になった場合は被告学院が無限定の支払責任を負うものとされていることに鑑みると、本件年金規程に基づく年金は、過去の労働との関連において支払われる点で退職一時金と同様の性格を有するものといわなければならない。
したがって、本件年金規程に基づく年金受給権は独立の年金契約によって発生するものと解することはできず、労働契約においてその内容の一部として合意されたことにより発生するものと解するのが相当であり、かつそれは基本的に労働力の提供と対価関係に立つものであるから、労働条件の一つと解するのが相当である。なお、<証拠>によれば、協議会から被告学院に対する昭和五三年二月二一日付け申込書に「この制度は教職員を採用するとき『名古屋学院には年金制度もありますから……』と雇用契約の一つとして約束がなされてきたものであり」との記載があり、被告学院の職員自身本件年金制度を労働条件として認識していたことが認められる。
2 原告は本件年金規程は労働協約としての性格をも有すると主張するところ、前記のとおり職員組合からの申入れを受けて旧規約が改正され本件年金規程が成立した経緯のあることは認められるが、<証拠>によれば、労働協約の形式的要件たる両当事者の署名又は記名押印が欠けており、仮に本件年金規程の内容について職員組合と被告学院との合意が成立していたとしても、それは労働協約としての効力を有するものではない。
三請求の原因3(一)のうち、原告らが別紙原告一覧表採用年月日欄記載の年月日に、同表職務内容欄記載の職員として被告学院に雇用されたこと並びに同3(二)及び同4(一)の事実については当事者間に争いがない。
第二抗弁について
一抗弁1(本件年金規程を含む就業規則等の改廃)の事実については当事者間に争いがない。
新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由としてその適用を拒否することは許されないと解される。退職年金が賃金や退職一時金と並んで労働者にとって重要な権利であることは明らかであり、しかも、先に認定したとおり本件年金規程に基づく年金受給権は強固な権利性を有するものであるから、これを剥奪することになる就業規則等の改廃については、そのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合に限り、その効力を生ずるものというべきである。以下右の観点から順次検討することとする。
二抗弁2(就業規則等改廃の必要性)について
1 抗弁2(一)(1)の事実及び同(2)のうち被告学院の昭和四八年度から同五二年度までの消費収支計算書の上で右五年間を通じて消費支出超過状態が続き、その額が昭和四八年度には約金九八〇〇万円、同四九年度には約金一億五五〇〇万円、同五〇年度には約金一億五一〇〇万円、同五一年度には約金一億八〇〇〇万円、同五二年度には約金五二〇〇万円と記載されていることについては当事者間に争いがない。
<証拠>によれば、学校会計の健全化のため、学校会計基準に基づき学校に帰属した収入から建物・構築物新設、機器備品購入等特別な投資をした部分を基本金に組み入れることとされており、これを差し引いたものが当該年度において使用可能な消費収入となるところ、昭和四八年度(自昭和四八年四月一日至同四九年三月三一日)から、同五二年度(自昭和五二年四月一日至同五三年三月三一日)までの被告学院の消費収支状況及び各年度末の資産等の推移は別紙被告学院収支状況及び同資産状況記載のとおりであることが認められる。
それによれば、大学部門分離に伴う資産売却差額として金一一億円余を計上した昭和四八年度を除き、消費収支差額、帰属収入消費支出差額とも支出超過状態が続き、この間の消費支出超過額を累計すると約金六億三六五〇万円になるが、昭和五〇年度に学校会計基準に基づき基本金のうち約金一二億一五〇〇万円を取り崩したため、繰越消費支出超過額は昭和五一年度末で約金四〇〇万円、昭和五二年度末で約金五五三六万円である。昭和四八年度から同五二年度までの帰属収入に対する人件費(教職員人件費及び役員報酬、従来独立会計であった退職金基金会計を合併した昭和五一年度以降は退職金支出額を含む)の割合及び消費収入に対する教職員人件費の割合は、別紙被告学院収支状況最下段記載のとおりであり、昭和四九年度から同五一年度に至るまで人件費が帰属収入を上回る状態が続いていた。
なお、別紙被告学院資産状況記載のとおり、被告学院は昭和四八年度末(昭和四九年三月三一日)から同五二年度末(昭和五三年三月三一日)に至るまで常に流動資産が流動負債を上回っていること、昭和五一年度末(昭和五二年三月三一日)に至るまで学校債引当特定預金、有価証券等の「その他の固定資産」が次第に増えていることが認められ、当時被告学院の資金繰りが悪かったとはいえないが、ある時点において貸借対照表で表される資産状態が良くても、消費収支計算書で表される収支状況が劣れば、将来資産状態も悪化するであろうことは容易に推認し得るところであり、多額の消費支出超過状態が続いていたことを軽視することはできない。
2 抗弁2(一)(3)のうち、被告学院が財政五か年計画を職員組合及び協議会に提示したことについては当事者間に争いがなく、その余の事実については原告は明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。
<証拠>によれば、学校法人の収入は主として授業料等の生徒納付金と県からの補助金から成るところ、生徒納付金が県立私立学校の平均を上回る場合には補助金額が削減されるうえ、他の私立学校に比して授業料等が高額であれば生徒募集に支障を生じるため、生徒納付金の引上げには一定の限界があること、生徒数を増やすためには教員の増加をも要するが、非常勤講師の比率が著しく高くなれば教育効果の悪化を来し、専任教員を増やせば就学児童生徒の減少期に人件費が学校経営を圧迫するに至るため、生徒数増加にも限界があること、愛知県における高等学校一年生の生徒数は、昭和六二年度ないし同六四年度(平成元年度)を頂点として以後急激に減少するため、被告学院は生徒急減期に入る前に財政の健全化経営基盤の確立を図るべく努めてきたことを認めることができる。
3(一) 抗弁2(二)(1)のうち、昭和五〇年当時の職員拠出金額が約金二四〇万円、年金給付金額が約金五三五万円であったことについては当事者間に争いがない。
(二) <証拠>によれば、昭和四八年度(自昭和四八年四月一日至同四九年三月三一日)から昭和五一年度(自昭和五一年四月一日至同五二年三月三一日)までの被告学院年金基金の収支及び資産状況は、別紙年金基金状況記載のとおりであり、昭和五〇年度までは翌年度繰越消費支出超過額も金一〇〇〇万円未満であったが、昭和五一年度に八名の退職者を出し、うち七名が一時金給付を選択したため、同年度の消費支出超過額は約金四六〇〇万円、翌年度繰越消費支出超過額は約金五二〇〇万円に達し、期末未払金が資産を上回ることになり、基本金(金三八二〇万五二八八円)をすべて取り崩しても金一三九五万七〇四三円の欠損を出すことになったことが認められる。なお、<証拠>によれば、本件年金制度が廃止され、年金基金会計が被告学院の会計に合併表示されることになった昭和五二年度の退職者年金額は金一〇九一万七四三六円、翌年度繰越支払資金は金九九万三六六七円にすぎないことが認められる。
(三) <証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 昭和五二年二月一〇日時点において、被告学院が本件年金制度を維持した場合の昭和五二年度以降三〇年間の拠出金等収入及び年金支払額の予測を行ったところ、仮定退職年齢六〇歳、仮定昇給率一〇パーセント、仮定年金受給年数二四年、収入額は拠出金(職員、被告学院とも職員の俸給の一パーセントずつ、合計二パーセント)及び年金基金残額に対する年5.5パーセントの割合による利息として計算すると、各年度の支出超過額が五年後の昭和五六年度で約金七〇〇万円、一〇年後の同六一年度で約金三二四〇万円、一五年後の同六六年度で約金一億五五一〇万円、二〇年後の同七一年度で約金四億四五三〇万円であり、右超過額の各年度における人件費総支出額に対する割合を出したうえ、昭和五一年度の人件費予測額金六億六八〇〇万円に乗じたものを仮に被告学院の負担現価として算出すると、昭和五六年度で0.65パーセント、約金四四〇万円、同六一年度で1.87パーセント、約金一二五〇万円、同六六年度で5.54パーセント、約金三七〇〇万円、同七一年度で9.86パーセント、約金六五九〇万円となる。支出超過額累計額は、昭和五六年度までで約金一九五〇万円、同六一年度までで約金一億三六二〇円、同六六年度までで約金六億二二二〇万円、同七一年度までで約金二二億七一三〇万円である。
(2) 昭和六二年三月三一日時点において、現実の退職状況に基づき、被告学院が本件年金制度を維持した場合の昭和五二年度以降一〇年間の拠出金等収入及び年金(勤続年数二〇年未満の者の年金一時金を含む)支払額を算定したところ、昭和五一年度末から同六〇年度末の間に退職した者の数は合計三三人(うち年金受給権のない勤続二〇年未満の者は一二人)であり、勤続二〇年以上の年金受給権者についてはすべて年金を受給するものとして計算すると、昭和五六年度で年金受給者累計二〇人、拠出金等の収入が金七九〇万円、年金支出額が金二八四〇万円、支出超過額が金二〇五〇万円、同六一年度で年金受給者累計三〇人、拠出金等の収入が金九五〇万円、年金支出額が金五三一〇万円、支出超過額が金四三六〇万円であり、昭和六一年度までにも被告学院が年金基金に補填すべき金員の合計は金二億二二一〇万円である。昭和五九年度の消費支出超過額は金二九七〇万円であり、同年度の被告学院人件費(教職員人件費、役員報酬、退職金及び退職給与引当金繰入額の合計額)九億三六三〇万円に加算してその割合を求めると、約三パーセントとなる。
4(一) 抗弁2(二)(3)のうち、昭和五〇年一二月三日付けで中央信託銀行から被告学院に計算結果報告書(中信計算結果)が提出されたこと、中信計算結果に本件年金規程に基づく給付を前提として適格年金制度の年金数理に従い計算すると、職員負担分を俸給の4.7パーセント、被告学院負担分を同額としたうえ、過去勤務債務額を一〇年で償却するとして、被告学院は右4.7パーセントの負担分に加えて職員の俸給総額の24.8パーセントを積み立てなければならない旨の記載があることについては当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、中信計算結果に関して以下の事実を認めることができる。
(1) 適格年金制度とは、法人税法及び所得税法により税制上の優遇措置が認められる企業外拠出型の年金制度であり、法人税法施行令に定める一二の適格要件(退職年金の支給のみを目的とすること、事業主が労働者を受益者又は保険金受取人として、信託銀行又は生命保険会社と退職年金を支給することを約した適格年金契約を締結すること、掛金及び給付の額は適正な年金数理に基づいて算定されていること、適格年金契約を解約した場合の解約返戻金は原則として加入労働者に支給されること等)を備えた制度として国税庁長官の承認を受けることにより、将来の給付のために必要な掛金全額について損金算入が認められる等の優遇措置を受けることができるものである。
(2) 適正な年金数理の基本は収支相当の原則であり、将来支給される給付と今後拠出される掛金からいずれも金利分を差し引き現在時点の価額に換算して、掛金収入原価と給付現価が等しくなるように掛金計算をしなければならない。中信計算結果A案及びB案は、それぞれ被告学院の本件年金規程及び退職金規程による給付を前提に、全額外部積立の年金制度に移行させるものとして適格年金制度と同じ年金数理を用いて掛金計算をしたものである。計算基礎率として、適格年金制度で通常用いられる数値(予定利率=年5.5パーセント、予定死亡率=第一〇回国民生命表の男子死亡率の八五パーセント、予定退職率=被告学院の過去三年間の実績に基づき年齢別に算定、予定給料指数=被告学院の実績に基づき算定)を採用し、加入年齢方式により、特定年齢(二三歳)で制度に加入するものと仮定して、退職するまで掛金を平準的に積み立てる場合の掛金率及び特定年齢と加入者個人の実際年齢との差に対応する掛金とその利息相当分の積立不足額(過去勤務債務額)を将来に向かって定期的に(年一〇パーセントの割合による)償却をする特別掛金率を計算している。
右計算によれば、本件年金規程を適格年金制度に移行した場合(A案)、通常掛金率は職員、被告学院とも職員の俸給月額の4.7パーセント、昭和五〇年一一月一日現在の過去勤務債務額は七億六九七九万九〇〇〇円、被告学院の特別掛金率は俸給月額の24.8パーセントであり、被告学院の負担する掛金月額は金七六四万五〇〇〇円、年額金九一七四万円である。なお、退職金規程を適格年金制度に移行した場合(B案)、通常掛金率は職員の俸給月額の4.7パーセント、昭和五〇年一一月一日現在の過去勤務債務額は二億六六三八万円、被告学院の特別掛金率は俸給月額の8.6パーセントであり、被告学院の負担する掛金月額は金三四四万七〇〇〇円、年額金四一三六万四〇〇〇円である。
(二) 年金制度は極めて長期間にわたり給付と拠出のバランスを取りながら運営していくことが要請されている。このため、将来の給付の予測及び給付を賄うための掛金の計算が重要となり、その計算の仕組みが年金数理であるが、年金数理の目的は与えられた給付内容や人員構成等の諸条件の下で掛金率を計算するにとどまらず、長期的な費用負担と堅実な制度の運営が可能であるかを考慮しつつ総合的に財政計画を立案することにある。また、年金制度においては、制度全体として財源がどのように調達されるか(財政方式)が重要であるが、本件年金制度が従来採ってきたような、給付事由が発生するつど当年度支給にかかる年金給付相当額を財源負担者から拠出させる等の非積立方式では、将来の年金受給の財源保証は全くないから、適格年金や厚生年金基金等の制度においてはこのような非積立方式は認められていない。したがって、本件年金制度を健全化し被告学院が不時に多額の出資を余儀なくされることなく存続させるためにはどうすればいいかという観点からいえば、適正な年金数理を用い、事前積立方式を採用した中信計算結果(A案)には意味があるものといわなければならない。ただし、非課税法人である被告学院は、税法上の優遇措置との関係からいえば必ずしも適格年金制度の要件を備えなければならないわけではないし、一部外部積立方式を採用し、過去勤務債務額の償却率をある程度低く押えることは可能である。
三抗弁3(就業規則等改廃内容の合理性)について
1 抗弁3(一)のうち、被告学院及び原告ら職員が従前から本件年金制度以外に私学共済年金制度にも加入していたこと、昭和四一年に愛知県私立学校退職金財団が設立され、被告学院が右財団に加入するため、学内年金資金に拠出していた職員の俸給の五パーセント分を財団の拠出金に当てることとし、学内年金資金への拠出金は職員とともに一パーセントにしたことについては当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 私学共済年金の給付内容は、二〇年以上の勤務期間で原則として五五歳から支給され、給付学は退職前三年間の平均標準給与額を基準として勤続二〇年で四〇パーセント、勤続二〇年を超える一年につき1.5パーセントを加算し、最高七〇パーセントとされており、本件年金規程に基づく給付(勤続二〇年で退職時俸給年額の三分の一の金額を支給する)とほぼ同一内容であり、昭和四九年度以降物価スライド制が導入され、昭和五〇年代前半の時点においては概ね退職時給与の六〇ないし七〇パーセントという給付水準にあった。なお、私学共済年金の財源は、私立学校及び受給権者個人が支払う掛金(平均標準給与の3.7パーセントずつ)のほか、県及び国の補助金(前者は平均標準給与の0.8パーセント、後者は昭和五二年当時で約金二〇億円)から成る。
(二) 昭和五二年の時点において、六〇歳で被告学院を退職した職員の退職後の年金収入を予測したところによれば、勤続年数三二年退職時給与月額金三六万八七〇〇円の者(A氏)で、私学共済年金年額金二一六万四九九〇円、被告学院年金年額金二一一万五九六〇円の合計金四二八万〇九五〇円、月額金三五万六七五〇円であり、勤続年数三九年退職時給与月額金三七万一六〇〇円の者(B氏)で、私学共済年金年額金二五五万九〇七〇円、被告学院年金年額金二五五万九九〇〇円の合計金五一一万八九七〇円、月額金四二万六五八〇円であり、勤続年数四二年退職時給与月額三五万四二〇〇円の者(C氏)で、私学共済年金年額金二八五万六〇〇〇円、被告学院年金年額金二四三万五八〇〇円の合計金五二九万一八〇〇円、月額金四四万〇九八〇円であり、B氏やC氏のように一八歳ないし二一歳で被告学院に就職し、勤続三九年ないし四二年という者は希であるとしても、退職後収入月額が退職前の給与月額を上回る例も有り得た。
(三) 被告学院においては、退職時俸給月額を二五で割った金額に勤続年数に応じて定められた退職金支給率(日数)を掛けた金額を退職金として支給していたが、年金受給権の発生する勤続二〇年以上の者の退職金支給率は、二〇年で五二八日分(俸給月額×21.12)、二五年で六七三日分(俸給月額×26.92)、三〇年で七九八日分(俸給月額×36.92)、三五年で九二三日分(俸給月額×36.92)、四〇年で一〇四八日分(俸給月額×41.92)であり、被告学院の職員は、私学共済年金及び本件年金のほか右退職金の支給も受けていた。なお、被告学院の退職金支給乗率を愛知県立学校教職員のそれと比較すると、勤続二〇年までは同水準であり、勤続二一年以上では二分の一程度と低いが、男子五七歳から六五歳、女子五〇歳から五八歳で退職した場合の後記倍額給付規定の適用がある場合には、ほぼ同一水準となり、勤続四〇年以上では逆に上回ることになる。
2 抗弁3(二)(1)及び同(2)前段の事実については当事者間に争いがなく、右争いのない事実のほか、<証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 本件年金制度の改廃内容は、次のとおりである。
(1) 昭和五二年三月三一日をもって職員全員が退職したものとして、本件年金規程五条二項に基づき年金一時金を算出し凍結する。ただし、年金受給資格が発生している勤続二〇年以上の者については、同五条六項に規定する年金受給者が将来の年金請求権を放棄することを条件として請求することができる五年間分の年金額を凍結する。
(2) 前項の年金一時金凍結額の支払方法は、現行退職金支給乗率による退職金額と年金一時金凍結額との合計額又は後記改定退職金支給乗率による退職金額のいずれか一方を、本人の選択により退職時に支給するものとする。
(3) 改定退職金支給乗率による退職金を選択した場合には、拠出金相当額として昭和五二年三月時点の掛金月額に同月までの勤続月数を掛けた金額を凍結し、退職時に返還する。
(4) 既年金受給者については、各人の了解を得ながら解決を図る。
被告学院理事会は、年金受給資格が発生している勤続二〇年以上の者について、昭和五二年三月三一日時点において年金現価を計算すれば、五年間分の凍結年金額に比して相当高額になることを認識していたが、被告学院の財政状況からみて支給困難であるため、五年間分の年金額を凍結支給することとした。これにより、被告学院が凍結一時金として負担する金額は合計約金四億八一〇〇万円である。
昭和五一年一二月時点における職員の人数は一二二名であり、うち勤続年数二〇年未満の者が七七名(昭和五二年三月三一日をもって二〇年に達する可能性のある勤続年数一九年の者三名を含む)、勤続年数二〇年以上の者が四五名(二〇年から二四年の者が二六名、二五年から二九年の者が一〇名、三〇年から三三年の者が七名、四七年と四八年の者が各一名)である。昭和五一年度末に退職した者は六名であり、うち勤続年数二〇年以上の者は五名であった。
既年金受給者一一名については、年金支給打ち切りの同意が得られず、本件年金制度廃止後も年金の支給が継続されている。
(二) 本件年金制度改廃と同時になされた退職金制度の改定内容は、次のとおりである。
(1) 昭和五二年四月から六〇歳定年制を実施する。
(2) 従前の男子五七歳から六五歳、女子五〇歳から五八歳で退職する場合に倍額の退職金を支給する旨の規定は廃止する。
ただし、経過措置として昭和五五年三月三一日までの間、男子六〇歳、女子五八歳に達した年度の年度末までを限度として改定前退職金支給乗率による退職金の倍額を支給する。
(3) 退職金支給乗率を普通退職、公務外の死亡退職、公務上の疾病退職、公務上の死亡退職の四段階に分けたうえ、いずれについても支給乗率を引き上げ、最も乗率の低い普通退職で、勤続二〇年の場合21.12から二五へ、二五年の場合26.92から三五へ、三〇年の場合31.92から五〇へ、三五年の場合36.92から六〇へ、四〇年の場合41.92から六五へと改定する。
従前倍額規定の適用の可能性のあった例えば勤続三五年で六〇歳で退職した男子職員については、改定前支給乗率によれば退職前月俸の73.84倍の退職金支給を受けられたところ、支給乗率改定により六〇倍とされたのであるから、実質的には退職金支給乗率を引き下げられたことになる。右退職金規程改定により、被告学院は、昭和五二年四月から同六二年三月までの一〇年間に退職した二九人に対する退職金につき、旧規程によれば約金四億八九〇〇万円を要するところ、約金四億〇五五〇万円の支出にとどまり、約金八三五〇万円の支出を削減した。
(三) 被告学院は、右年金及び退職金制度改廃と同時に定年後講師ないし嘱託教職員として再雇用する制度を導入したが、定年規定新設後初めて定年退職者が出た昭和五八年三月以降昭和六二年三月までの五年間に退職した一七人のうち、定年前に退職し転職した者及び死亡退職者を除く九名全員が講師ないし嘱託教職員として採用されている。定年退職後再雇用された講師の勤務条件は、一週一二時間で月額金九万六〇〇〇円、期末手当六か月分で年間収入金一七二万八〇〇〇円であり、私学共済年金と合わせてほぼ退職時給与に匹敵する収入を得られることになる。
四抗弁4(改廃手続の相当性)について
抗弁4の事実のうち、年退委が理事側、職員側それぞれを代表する委員六名によって構成されていること、昭和五二年七月七日及び同年一二月七日に同意不同意を問う記名式調査が実施されたことについては当事者間に争いがなく、右事実のほか<証拠>によれば、以下の事実を認めることができる。
1 年退委は、被告学院理事長のほか理事二名、教員代表二名、教員を除く職員代表一名の合計六名によって構成され、被告学院事務局の者(以下「事務局」という。)が資料説明等のため陪席する例であった。教職員代表委員は教職員の互選により選出され、労働組合が選出母体ではなかったが、昭和五〇年ないし同五三年当時の教員代表は協議会構成員の原告山森及び職員組合構成員の成瀬であり、職員代表は事務主任三浦徹であった。
先に認定したとおり、協議会は被告学院の債務処理に関する路線対立のため職員組合から分裂したものであるが、その後も両組合の対立が続き、双方が機関紙を発行するのみならず、生徒、父母や同窓生等外部の者にも主張等を記載した文書を送りつけ、混乱を招いていたため、理事会は昭和五〇年九月一日付要望書で、被告学院の正常な業務活動を阻害し又は阻害するおそれのある文書を内外に配布することのないよう自覚を促している。
2 昭和五〇年一月及び二月の年退委においては、新旧受給者間の年金受給額不均衡の是正及び貨幣価値低落を補正するための年金額の引上げが議題となり、同年三月五日付けで被告学院に対し、七名の既受給者の年金額を昭和四九年四月一日にさかのぼって19.4ないし344.2パーセント引き上げるよう答申した。(<証拠>)
同年七月一二日の年退委においては、右年金額引上げに伴う財源措置が議題となり、事務局から「昭和五〇年度以降一〇年間にみる掛金収入及び年金支払額予測」と題する表が資料として提出され、現行掛金率では既に毎年支出超過になっており、一〇年後には一億円を超す累積赤字が予測されること、掛金率を被告学院職員とも俸給の一〇〇分の1.5としても一〇年後には数千万円の累積赤字が見込まれ、被告学院側を一〇〇分の三とすれば、昭和五八年度までは健全に推移するが、昭和五九年度ころから再び収支の均衡が崩れ始め、受給者の急増が予測される昭和六〇年度以降についての見通しは全くついていないことが説明された。出席委員五名(原告山森は欠席)は抜本的な解決策を急ぐべきであるとの点で意見が一致し、具体案作成の参考とするため、民間会社の自家年金制度や金融機関等が仲介している企業年金制度の実態等についても調査することを確認した。(<証拠>)
同年一〇月六日の年退委においては、事務局から、右確認事項の一環として、中央信託銀行に対しコンピューターによる診断を依頼したこと、適格年金制度についても調査を進めていることなどについて経過説明がなされた。また、六名の委員の間で、年退委の審査内容を協議会及び職員組合の機関紙で報道することは差し控え、一定の結論が出た場合に被告学院事務局が発行する「名古屋学院広報」において全職員に公表していくことを申し合わせた。(<証拠>)
3 昭和五〇年一二月二四日の年退委において、事務局から「年金退職金基金のコンピューター診断結果について」と題する報告がなされたが、その内容は、現在の年金・退職金の両基金を将来にわたって維持していくためには、職員の拠出金については現行の一パーセントから4.7パーセントに引き上げること、被告学院の拠出金については現行の六パーセント(年金一パーセント、退職金五パーセント)から9.4パーセントに引き上げたうえ、過去勤務債務額約一〇億三六〇〇万円を償却するために毎月33.4パーセント以上、通算42.8パーセントの拠出金が必要であることが明らかになった。これを具体的な数字でみると、職員の掛金については毎月一人平均二一六〇円であったものを平均金一万〇一五〇円に引き上げることになり、被告学院の拠出金については現行月額金一五五万円であったものを月額金一一〇九万円に増額しなければならない計算となり、年間にして金一億一四五〇万円もの負担増となるものであり、現状ですら毎年金一億円を超す赤字決算が予測される被告学院の財政状況からいっても到底対処不可能な数字であることは明白であるというものであった。出席委員五名(原告山森を含む)は、年金制度の存亡にかかわる重大な事態であるので、事後の措置については理事会の判断に委ねるべきであるとの結論に達し、昭和五一年一月一二日付けで報告書が成田代行理事長に提出された。なお、右報告内容は、前記中信計算結果A案とB案の数字を加算したものである。(<証拠>)
これを受けて、昭和五一年一月二六日に開催された理事会において、事務局作成の資料に基づき以下の四案につきその長所及び問題点等を検討協議したが、教職員代表を加えた年退委が設置されているのだからそこでの検討を求めてから理事会で審議すべきであるとの意見が出され、職員組合及び協議会への事情説明を行ったのち、年退委に検討を求めることになった。(<証拠>)
(一) 現状維持型 給付内容は現状どおりとし、掛金率については中信計算結果に指摘された運営可能な数字まで引き上げるという案
この案には、被告学院の財政状況からみて、年間金一億一四五〇万円もの負担増は対処不能に近いという問題点がある。
(二) 給付内容縮小型 掛金率を被告学院、職員ともに現行の二倍(各二パーセント)まで引き上げ、給付内容については四パーセントの拠出金で運営可能な範囲まで圧縮するという案
この案には、既得権の侵害となる、得に永年勤続者ほどその打撃は大きいという問題点がある。
(三) 拠出金返還型 職員各人の就任以後昭和五一年三月末日までの掛金拠出金額を算定し、その間における物価上昇率など貨幣価値の変動を勘案した金額により一括返還するという案
この案には、年金制度が廃止されることになる、既得権の侵害となる、若年層はともかく永年勤続者にとっては極めて打撃が大きいという問題点がある。
(四) 現状凍結退職金返還型(一)昭和五一年三月末日の時点で全職員が退職したものとして過去の勤務期間に対応する年金一時金を算出凍結し(既に受給権のある職員については、受給年限を五年間打ち切りとして算出する)、それぞれの職員の退職時に凍結を解き、以後五年間にわたって毎月均等償還するが、凍結機関中の利息は支払わないという案
この案には、年金制度が廃止されることになる、給付額を退職時まで無利息で凍結することによる貨幣価値の低落、年金受給権のある人は本来ならば勤続年数と等しい期間受給できる年金額が五年間で打ち切りとなるという問題点がある。
(五) 現状凍結退職時返還型(二)(四)と同内容だが、凍結期間中の利息相当額(複利計算による年5.5パーセント)を加算するという案
この案には、年金制度が廃止されることになる、年金受給権のある人は本来ならば勤続年数と等しい期間受給できる年金額が五年間で打ち切りとなる、被告学院の負担が(四)の二倍になるという問題点がある。
4 昭和五一年二月六日開催の年退委(原告山森欠席)においては、現状維持型及び規模縮小型は除外することで意見が一致したが、同月一六日開催の年退委において、原告山森は現状維持型の適否についてもう少し時間をかけて検討を加える必要があるのではないかとの意見を述べるとともに、以下の三点について明確にするよう事務局に申入れをした。
(一) 昭和五〇年度以降二〇年間にみる人件費の年間総支出における年金支出額の割合
(二) 過去勤務債務額の会計帳簿上の処理方法
(三) 本件年金規程三条三項で「万一年金資金で支給不能の場合は本学院にて責任を負うものとする」と規定していることとのかかわり
年退委委員長でもある成田代行理事長は、現状維持型が困難であるという結論は動かないだろうと思いつつも、右結論をより説得力のあるものにするためさらに資料を作成することを約した。(<証拠>)
右(一)を受けて、同年三月八日開催の年退委において、事務局作成の資料「現状維持方式による昭和五一年度以降三〇年間にみる掛金収入及び年金支払予測」につき説明がなされたが、具体的な討議は次回以降に行うこととして閉会した。右予測は、仮定退職年齢男子六五歳、女子六〇歳、仮定昇給率一二パーセント、仮定受給年数二〇年、収入額は被告学院一パーセント、職員一パーセント、の計二パーセントの掛金及び年金基金残額に対する年5.5パーセントの利息分の合計として、昭和五〇年度から同八〇年度までの掛金収入額、年金支払額、収支差額、年金基金の赤字累計額、人件費総支出額に占める年金支払額の割合を予測したものであり、右予測によれば、年金基金が赤字になるのは昭和五五年度であり、赤字額が一億円を超えるのは昭和六二年度のこととされていた。(<証拠>)
原告山森は、昭和五四年度までは基金は黒字なのだから、その間に年退委においてじっくり討議すればよいとの考えであった。
5 一方、成田代行理事長は、年金制度の維持が不可能であることは、事務局作成の前記「昭和五〇年度以降一〇年間にみる掛金収入及び年金支払額予測」と中信計算結果が合致すること、私学共済年金の財源との比較からも明らかであるとの理解から、職員の不安を取り除くためにも、年退委での議論に徒に時間をかけるよりも、理事会の見解を早期に打ち出し、職員の立場を十分に配慮していることを示すべきであるとの考えであった。そこで、昭和五〇年ころから、理事会内に年退委理事側委員を構成員とする小委員会(以下「小委員会」という。)が作られていたが、小委員会に事務局が協力し、年金退職金及び定年制問題を同時解決するための試案作成が進められた。また、小委員会は年金問題に関して年退委で討議したこと及び理事会の問題意識につき全職員に知らせることを決定し、昭和五一年六月二四日発行の名古屋学院広報三八号において、「名古屋学院年金基金の現状と問題点」と題して以下の趣旨の記事を記載した。(<証拠>)
(一) 現行の給付内容を変更しないで制度を維持する方法を模索するため、関係機関にコンピューターによる診断を委ねたところ、個人掛金を一パーセントから4.7パーセントへ=掛金年額二万五九二〇円から金一二万一八〇〇円へ、学院掛金を1パーセントから4.7パーセント+24.8パーセントへ(後者は過去勤務債務額金7億7千万円を償却するための掛金率)=年額金312万円から金9180万円へと変更する必要があり、経常費から年間にして金九〇〇〇万円近い負担増を行うことは、被告学院の財政状況からみて対処することが難しい数字である。
(二) 私学共済年金と本件年金の給付内容はほぼ同じであるにもかかわらず、後者の掛金率は前者に比して異常に低く、受給年金総額に比して掛金総額が極めて少ない。したがって、本件年金を現状規模で維持することは極めて困難である。
(三) 被告理事会は、今後抜本的改定を進めるに当たり、本件年金規程三条に定める事項(万一年金資金より支給不能の場合は、本学院にて責任を負うものとする)あるいは職員の期待権との兼合いなどがあり、その取り扱いに関しては慎重な検討を加えていく考えである。理事会の諮問機関たる年退委においては、給付内容縮小型、拠出金返還型、現状凍結退職時返還型などについて検討を開始している。
協議会は本人の同意がない限り既得権、期待権の剥奪はできないとの立場をとり、昭和五一年五月一一日被告学院との団体交渉において、本件年金規程改悪に反対する旨の申入れを行っていたが、同年九月一八日の協議会との団体交渉において、成田代行理事長は本件年金問題につき、「皆の同意を得てやる。期待権を侵害してやる気はない」旨表明した。(<証拠>)
一方、職員組合はむしろ退職金支給乗率の引上げに力点をおいていた。(<証拠>)
6 昭和五一年一二月七日開催の理事会において、年金退職金及び定年制問題を同時解決するための試案につき協議が行われたが、本件年金制度については、昭和五二年三月末日で廃止し、事後処理は拠出金返還型(貨幣価値の低落をある程度考慮し、昭和五二年三月の掛金額に勤続月数を掛けたうえ平均して二倍した額を返還する)の方向を打ち出すこととし、年退委に諮問したうえ再度理事会で協議することとした。(<証拠>)
同年一二月二一日開催の年退委では、原告山森から、安易に廃止の結論を出すことには承服できないとの意見が、成瀬委員から、昭和五二年三月末日をもって廃止するのであれば少なくともそれまでの分は保証されるべきであり、現状凍結退職金返還型を採るべきであるとの意見が出され、理事側委員が反論したが結論が出ず、複数意見を併記して理事会に報告することになった。(<証拠>)
同日年退委閉会後に開催された理事会で、職員に本件年金の状況、私学共済組合を含めた退職後の給付状況等を示すとともに拠出金返還型で廃止する案を提示して意見を聞くことが決定され、昭和五二年一月一七日発行の名古屋学院広報四〇号において、理事会試案の内容、現状維持型・現状凍結退職時返還型に対する反論、理事会試案による退職後収入予測、私学共済年金の仕組みに関する記事を掲載するとともに、同日付け「名古屋学院年金基金の取扱いについて」と題する文書で職員組合及び協議会に拠出金返還案を提示した。(<証拠>)
7 原告山森は、昭和五二年二月七日付けで年退委に対し、「年金制度廃止問題について」と題する提言(山森提言)を行ったが、その内容は、廃止論の論旨の中心は、「今いる人が一斉に辞めたらいくら要る」と仮定した過去勤務債務額をもとにして、これが莫大なものになるという点にあるが、肝要なのは各年時において本件年金制度維持に当たって被告学院がどの程度本件年金規程三条三項但書により負担していかなければならないかという数字であり、被告学院が年退委に対し、経常部会計の健全化と長期展望試算、本件年金規程三条三項但書に基づく負担限度額と負担方法、拠出金返還必要資金として掲げた金一億六二〇〇万円の実態を明示することを前提として、以下の四試案を提出するというものであった。(<証拠>)
(一) 現行維持、掛金引上げ型
本件年金規程三条三項但書に基づく負担額が年次総人件費の一定限度額を超過した場合に、職員の積立金額の引き上げを行う。
(二) 掛金引上げ給付機関短縮型
職員及び被告学院の積立金額の定めを旧規約に戻し、必要なら支給年限の短縮を行う。
(三) 解散凍結、継続加入自由選択型(山森提言ハ案)
右(一)、(二)に加えて、職員の積立金額改定に不承認の加入者は改定の時点で掛金期間の終了とし、凍結金額が受給権発生のときに支払われる。昭和五二年三月中に申出のあった加入者に限り、被告学院が負担して拠出金返還を行う。
(四) 一億六二〇〇万円拠出、掛金引上げ型
被告学院は年金基金に一億六二〇〇万円を拠出し、職員の積立金額の定めを旧規約に戻す。
同月二五日開催の年退委において、山森提言の検討が行われ、ハ案につき、各層の意向を尊重するという点で民主的であり、年金問題の解決に当たり好ましい一つの方法であるという点で意見の一致をみ、本件年金規程三条三項但書とのかかわりで被告学院の負担限度額を明らかにするため、被告学院財務委員会(委員長は成田代行理事長)に諮問することとした。(<証拠>)
昭和五二年二月一八日発行の名古屋学院広報四二号には、成田代行理事長名義で過去勤務債務額とは何かを説明する記事が掲載されている。右記事によれば、過去勤務債務額とは、在職している職員が退職することとなったときの年金支払資金として、現時点で法人が準備しなければならない金額であり、例えば昭和四〇年一一月一日に就職した者が二〇年間勤続して昭和六〇年一〇月三一日に退職した場合に、昭和五〇年一一月一日以降の一〇年分は同日以降の新しい拠出金(9.4パーセント)の基金から支払い、同年一〇月三一日以前の一〇年分は同年一一月一日現在の過去勤務債務額七億七千万円を償却すべき特別拠出金(24.8パーセント)の基金から支払われるものであり、過去勤務債務額の償却をしなければ拠出基金は不足し、昭和五〇年一一月一日以降の新しい拠出金負担者が退職する場合その人達への支払が将来不可能になると説明されている。(<証拠>)
原告山森は、過去勤務債務額は学校解散時に現実化するものであり、通常学校解散という事態が考えられない以上、これを償却する必要はないとの考えをとっていた。一方、成田代行理事長は右広報記事からも推測されるように過去勤務債務額が何を意味するかについて必ずしも十分に理解していたとはいえないが、原告山森の考えは自転車操業を認めるものであり、健全経営のためには採り得ないと考えていた。
8 昭和五二年二月二八日開催の理事会において、校長でもある西村清理事及び三浦事務主任から同月二五日の年退委の討議経過及び学内状況の報告がなされ協議が行われた結果、山森提言ハ案は一見民主的であるが全職員を満足させることは困難であり、かつ理事会試案につき職員の同意を得られそうな状況でもあったので、既定方針どおり廃止の方向で進めることとし、廃止の方法及び退職金支給乗率との関係等につきさらに検討することになった。(<証拠>)
同年三月七日及び八日に行われた協議会及び職員組合との団体交渉予備折衝において、協議会は本件年金制度の存続を求めたが、職員組合は同月末日で制度を廃止し現状凍結退職時返還型を採るよう要望した。これを受けて、同月一四日開催の理事会において、西村校長から、本件年金制度を昭和五二年三月末日をもって廃止し、同日をもって凍結した年金一時金と現行退職金支給乗率による退職金の合算額か改定退職金支給乗率による退職金の一方を支給するようにしてはどうかとの提案があり、協議の結果右の方針で職員組合及び協議会に提示することに決し、同月一七日付けで「定年制実施及び年金・退職金制度の改定について」と題する書面をもって両組合に提案がなされた。(<証拠>)
同月二二日及び二三日に職員組合及び協議会から回答がなされたが、職員組合は本件年金制度を廃止し、凍結する点に関しては合意する旨表明し、協議会は提示された内容については検討中であり、団体交渉を通じて逐次回答するというものであった。(<証拠>)
職員組合は従前各種の問題につき理事会の方針に対して厳しい姿勢を採っていたが、協議会は比較的協力的であり、職員組合の説得ができれば協議会は理事会方針に賛成していたという従前の経過から、成田代行理事長らは、年金問題でも職員組合の説得ができれば最終的には協議会も納得するであろうという見通しのもとに、主として職員組合の説得に力を注いでいた。
9 昭和五二年五月二〇日開催の年退委において原告山森から、本件年金制度はこれまで各人の拠出金によって運営されてきた以上、廃止に当たっては組合が同意したからそれでよいという簡単な問題ではないが、制度から降りたいという人も現実にはいるので、個々に当たって同意書をとるなどしてみてはどうかとの提案があり、他の委員もこれを了承し、理事会でも了承された。昭和五二年七月七日に同意不同意を問う記名式調査が実施され、協議会は組合員への調査回答用紙配布及び回収作業を代行し、その余の職員については理事会が個別に配布回収の作業を行ったが、協議会から同月一六日付け内容証明郵便で、右調査の結果協議会所属組合員の圧倒的多数が理事会提案の本件年金制度廃止案に不同意であることが明らかになったとして、年金廃止提案即時撤回の申入れがなされた。(<証拠>)
その他の職員については、第一回調査で同意した者は一五名にすぎず、同年一一月七日開催の理事会において、調査回答用紙に記載されている意見等の報告が行われ、同意しない者に対する説得を続けていくこと、一二月五日午後六時三〇分から不同意者に対する説明及び懇談会をもつことが決定された。同年一二月五日開催の理事会においては、職員組合との団体交渉において、同年四月から年金掛金相当額が特別預り金として徴収されているが、年金問題が解決しないなら昭和五三年一月から掛金相当額の徴収を止めてほしい、改定退職金を選択する場合には昭和五二年三月までに個人が拠出した掛金相当額を退職時に返還するとの条項を入れてほしいとの要望がなされた旨の報告がなされ、協議の結果、職員組合の要望を入れた内容の廃止案を再度職員に提示し、採否をとることが決定され、同年一二月七日、前回調査で同意した者を除く全職員を対象として同意不同意を問う調査が再度実施された。同月二〇日に理事会を開催した時点において前回不同意者のうち、同意した者が五五名、不同意者が一名、同意する見込みの者が八名であり、協議会所属職員を中心に二七名が「名古屋学院の教育と伝統を守る会」(代表世話人は原告加藤義秋及び原告浅井潔)名義で、廃止案への反対を表明するとともに調査回答用紙を一括して送り返してきていた。(<証拠>)
10 昭和五三年一月一七日、被告学院から協議会に対し、「学院年金問題に関する団体交渉日時の設定について」と題する書面で、同月二四日午後六時から団体交渉を行いたい旨及び年金制度の維持は可能であるとの代案があれば同月二三日までに理事会に提出されたい旨の申入れをしたが、同月二三日、協議会から、前記調査において年金制度廃止を拒否する拠出者の意向が明白となり、新しい内容の提起もされていないので団体交渉は無用であり欠席する、代案提出の申入れについては、現在年退委で検討中であるのでその審議を尊重したい旨の回答がなされた。(<証拠>)
同年二月四日開催の年退委(原告山森欠席)において、昭和五二年六月一七日に緊急財務委員会が開催され、被告学院の財源的補填限度額についての検討が行われたが、現在の被告学院財政状況では年金基金への補填は不可能であるとの結論に達したことが報告され、その後山森提言ハ案の取り扱いについて審議が行われたが、右財務委員会の答申及び年金制度からの脱退と継続は職員の自由選択とするとの扱いが職員間の平等性を著しく欠くことになる等の理由により、山森提言ハ案は既に事実上破綻しており、内容についての実質的議論はし尽くされているとして、取り扱いは理事会に付託するとの結論を出した。同月一七日開催の年退委(委員全員出席)において再度山森提言ハ案につき審議が行われ、原告山森は本件年金制度は戦前から幾度かの財政的危機を乗り越えて守り育てられてきたものであるから、安易な廃止論には承服できないし検討の余地はまだあるから、理事会で結論を出す前に年退委でさらに検討を続けるべきである旨主張したが、他の五名の委員は、原告山森の意見は心情的には理解できるが、諸般の状況から判断した場合理事会提案はやむを得ない措置であるとの意見で一致し、前回委員会の結論を再確認した。(<証拠>)
同年七月一七日開催の理事会において、本件年金制度及び退職金制度に関して先に三2(一)で認定した内容の改廃を行う旨の最終決議がなされ、同月二六日に職員に対して通知をしたうえ、同年九月二八日職員組合の意見書を付して名古屋北労働基準監督署に就業規則変更の届出がなされた(右事実については当事者間に争いがない。)。(<証拠>)
五抗弁5(職務代行理事の職務権限)について
抗弁5(一)の事実については当事者間に争いがないので、私立学校法人の理事職務代行者の権限につき検討するに、被告学院理事の職務代行者選任の仮処分は民事保全法制定前の民事訴訟法七六〇条により仮の地位を定める仮処分としてなされたものであるが、右仮処分については商法二七一条、非訟事件手続法一三二条の五のような常務外行為についての制限は設けられていないうえ、右条項が準用されてもいないから、仮処分の主文中に代行者が常務外の行為をするについては裁判所の許可を要すると記載し、常務外の行為を制限する趣旨を明らかにしていない限り、そのなし得る行為に制限はないと解すべきであるところ、<証拠>によれば、被告学院理事の職務代行者については、仮処分の主文中になんらの制限も付されていないから、職務の執行を停止された理事と同一権限を有し、同一の行為をなし得るものというべきである。
六1 以上認定したところにより検討するに、昭和五〇年度の時点において、長期的展望によった場合、本件年金制度を放置すれば、被告学院経常会計から本件年金制度に毎年補填をしなければならなくなることが明らかになり、しかも被告学院は昭和四八年に校地の約三分の一を売却して約二〇億円の債務を弁済して間もなくの時期であり、財政的な基盤が十分とはいえなかったうえ、経常会計は消費支出超過状態が続いていたのであるから、本件年金制度につき抜本的な改革を要する状態にあったと認めることができる。本件年金制度を維持しつつ基金の健全化を図る有力な方法として、適格年金制度に準ずる制度の導入が考えられるが、中信計算結果によれば、過去勤務債務額償却のために被告学院の負担が激増することになり、被告学院の財政状態からみて右制度の導入は不可能である。また、職員及び被告学院の拠出金率を引き上げたとしても、一時的な延命策にすぎずいずれは同様の問題が発生することが認められる。右必要性との相関において、本件年金制度の廃止及び昭和五二年三月三一日時点において年金一時金を算出凍結し退職時に返還すること等から成る就業規則等の改廃内容には合理性が認められ、私学共済年金制度の充実及び定年後再雇用制度を含む退職制度の整備を考慮すれば、社会的な相当性もあるものといわなければならない。
2 就業規則等改廃に至る手続についてみれば、先に述べたとおり本件年金制度自体の改廃権限が年退委にあると認めることはできず、経営判断事項として被告学院理事会の職務に属するものと解し得るところ、上記認定事実によれば、被告学院理事会は就業規則等改廃決議をするまでに約三年間の歳月をかけ、その間全職員の同意を得るべく、年退委における審議のほか職員組合及び協議会との団体交渉を重ね、全職員に理事会案につき同意不同意及び意見を問う調査を実施したうえ、最終的に本件年金制度廃止撤回の申入れをしてきた協議会に対しては、団体交渉の日時を設定し話合いを求めるなどしており、とるべき手段を尽くしていると評価することができる。もっとも、中信計算結果に関する学内広報において、数字の一人歩きを許した面がなかったとはいえないが、先に述べたとおり、中信計算結果は本件年金制度の健全化を図るという点では十分意味があったのであるから、誤った情報を提供したとまではいえず、その手続に就業規則等改廃を違法無効とするような瑕疵はない。
また、労働基準法九〇条は使用者に対し、就業規則の作成又は変更について、当該事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合の意見を聴取し、就業規則作成又は変更の届出をするに当たり、その意見を記載した書面を添付することを求めているところ、被告学院が職員の過半数で組織する職員組合の意見を聴取し、その意見書を付して届出をしたこと及び協議会の意見を聴取したことは先に認定したとおりであるから、協議会の意見を記載した書面を添付しなかったとしても、その手続が違法でないことはもちろんのこと、不当ともいえない。
3 したがって、本件年金規程を含む就業規則等の改廃は、その必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものと認められ、右改廃に同意しない原告らに対してもその効力は及ぶものといわなければならない。
第三結論
以上説示したところによれば、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官清水信之 裁判官遠山和光 裁判官後藤眞知子は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官清水信之)
別紙<省略>